てんさい! 楠木美羽
里蔵光
中学編
二
スパルタというものは、時に、有効なようでして、夏休み明けの実力テストで、私は豹変しました。それまで、平均点などと云うものには凡そ縁遠かった私ですが、そのテストでは、初めて平均点を超えたのです。――尤も、平均が三十点程という、甚だ乱暴なテストで、四十点にも満たない点数だったので、平均というものを全く理解していない両親には、全く駄目な点数だった様ですが……
私の変わり様に、真っ先に反応したのは、国語を教えている、担任の平川先生でした。
「楠木! おまえ、やれば出来るんじゃないか! この調子で、頑張って、もっともっと、上位を狙っていけば、おまえなら屹度、トップさえとれるぞ! ――元々おまえには、力がある、先生はそう、ずっと思ってきたんだ。現に国語の点数は、いつもそんなに、悪くないもんな」
其の時には未だ、なんの教科も帰って来て居なかったのですが、先生には返却が待ち切れなかったらしく、私を職員室に呼んで、未だ点数さえ知らない私に、丸で燥ぎながら云いました。平川先生の顔が、心底嬉しそうにニコニコと微笑んでいるのを見て居ると、私の中に小学校時代の奉仕心みた様なものが未だ生きて居た様で、夏休み四十日間ですっかり勉強が厭になって居たのにも拘わらず、平川先生の笑顔の為に、もっと、もっと、勉強したい様な気持ちになりました。
また、私の変身に一番驚いて居たのは、こずえです。最初に返却されて来た教科は英語だったのですが、私の三十二点と云う、正に奇跡的なる点数を、何時もの様に後ろから覗き込んで来て、余りの事態に、暫くは只、ぽかんと口を開け、私の顔を見た儘、放心して居ました。
「美羽……あんた……」
私は何だか気不味い思いで、初めてこずえに点数を知られた時の様に、直ぐに答案をくしゃくしゃに丸めて、隠袋に捩じ込み、何だか不自然な笑顔を作って、こずえの顔をおずおずと見詰め返しました。
「頑張ったんだ……」
こずえは細い声でそう云って、そうして、何だか、変な笑い方をして居ました。私は其の時、こずえからずっと遠い所へ行って仕舞った様な気がして、何だか無性に寂しく、然し其れを明確表に出しては益々気不味くなって仕舞いそうで、「うん、夏休みに、死ぬ程勉強したから」と、一所懸命笑顔を作って、出来るだけあっさりと応えました。
「そう……あたしも頑張ろうかな……」
こずえはそんなことを呟きながら、自分の席に戻って、答案の見直しを始めた様でした。私はこずえが勉強するのを、其の時初めて見ました。少なくとも、此の英才中学校の受験をクリアしてきたからには、小学校の頃から勉強が出来た筈で、私の様に丸で「事故」で受かって仕舞う例もある様ですが、然し、自分で云うのもなんですが、其れでも他校の多くの中学生なんかよりはずっと勉強できて、勉強したことがないなんて事はあり得ないので、こずえの勉強姿も別段おかしくはない筈なのですが、然しいつものこずえの姿からは、そんな風に机に向かってペンを動かしているなどと云うのは、奇妙な光景に見えて、――こんなことを云うとこずえに怒られそうですが――滑稽でさえありました。
塾の先生に点数を知らせた時にも、随分な驚き様で、よかった、よかったと云って、私の背中をばしばし叩いて、心の底から喜んでくれました。ただ、――先にも少し触れましたが――私の点数を見て驚きも喜びもしなかったのは、お母さんとお父さんの二人だけでした。二人とも、私の点数を見て苦々しく眉根を顰め、私が「平均点より上なんだよ」と云っても、一切聞く耳持たず、お父さんなどは、
「次のテストでは、絶対に八十点以上取れ!」
なんて無茶苦茶を云います。悔しくて、悲しくて、なんで、先生達やこずえは褒めて呉れたのに、此の人達は全然褒めて呉れないどころか、更に無理難題を吹っ掛けるのだろうと、口の中でもごもご云いながら、然し明ら様な反抗をする勇気も莫く、自分の部屋に引き籠って、悔し泣きに泣いているよりありませんでした。――其の頃既に、反抗期が始まっていたのかも知れません。実は、私が一人で泣いている横に、いつの間にかお母さんが立って居て、林檎を山に盛った皿を無言で机上に置き、其の儘出て行こうとするので、私は顔を挙げ、思わず「お母さん」と呼び止め、然し其の後に云う可き言葉が見付からず、凝然とお母さんの顔を見詰めた儘黙り込んで居ると、珍しくお母さんがにこっと微笑み、「平均よりは、上なんだ……」と囁くような声で云うので、私は無性に有難く、其の儘お母さんに抱き着いて大泣きして仕舞いたい気持ちになり、然し反抗期の性か、自分の真意に反して、顔はあさっての方を向き、全く抑揚のない声で「関係ないよ」なんて云って仕舞い、お母さんはふっと寂しく息を突いて、其の儘何も云わずに部屋を出て行って仕舞いました。私はつまらないような気持ちになって、お母さんの持ってきて呉れた林檎を、一口噛り、何だか変に酸っぱくもあり、味気ない様でもあり、其れでも自棄みたいにムシャムシャ食べて、其の内にお母さんに対して取った態度が、如何にも許し難く思われてきて、自分で自分を殴り飛ばしたい気持ちと、お母さんに対して只管申し訳ない気持ちとが次第に増幅し、私は先刻迄とは違った理由の涙をポロポロ流して、林檎にフォークを突き刺した儘、机に突っ伏し、声を殺して噎び泣いて居ました。
然し学校や塾では、私の努力を認めて、必要以上に褒めて呉れる人が沢山居たので、私は其れを励みに、一生懸命勉強し、私に触発されたこずえと云う、佳きライバルも出来て、二学期からの私達は、まるで別人のように真面目になり、こずえは一度も「フケる」事をしないで、そうして中間テストでは、二人揃って、平均点より十点以上高い点数ばかりを、次々と取っていきました。平川先生は、もう手放しで喜んでいて、私とこずえの頭をクシャクシャに撫でながら、「いいぞ、いいぞ、もっと頑張れ! 此の調子で、クラスのトップに、君臨しちまえ!」なんて云います。考えてみれば、うちの親なんかよりもっと凄い要求をして居るのですが、私は全く反抗心を覚えず、寧ろ先生に云われたことなら何でも実現できる様な気さえして、今にして思えば、随分不思議なことで――変な邪推をする方があると困るので云って仕舞いますが、平川先生は中年太りの、不精髭に、髪もぼさぼさで、全然ぱっとしない男の先生でして、だからと云う訳でも莫いのですが、断じて、惚れて居たから好感を持って居たと云う訳ではありません。只何となし、其の人柄が、私をして信頼させて居たのでしょう。頭を撫でられた後、こずえなんかは、「ああ、もう! 今日は念を入れて、頭洗わなくちゃ! 平川菌が着いちゃったよ!」なんて、本人を前にして笑いながら云ってましたが、微塵の悪意も感ぜられないどころか、何だか嬉しそうに、きゃいきゃい燥いでさえ居ました。先生も先生で、何だか楽しそうに笑いながら、
「平川菌はなあ、ビフィズス菌なんかとおんなじで、体に好い菌なんだぞ。寧ろ、先生が撫でれば、佐々木の其のフニャフニャした脳みそが、ぴしっと、引き締まるくらいだ」
なんて遣り返したりして、私は二人の其の遣り取りを、微笑みながら、幾分羨望の混じった目で、眺めて居ました。こんな風に、下手したら掴み合いの喧嘩にさえなり兼ねないようなことを、平気で遣り取りできるなどと云うのは、丸で全然別世界の人達の様で、割り込む隙が全く莫かったのです。
一九九七年(平成九年)、三月、九日、日曜日、友引。