てんさい! 楠木美羽

里蔵光

中学編

勉強嫌い。やっても無駄。どうせ出来るし……

何時しか私の頭の中には、こんな思いが染みついて居ました。勉強が嫌いだと云うのは、親のスパルタによって育まれてきたもので、やっても無駄と云うのは、此れも矢張り、親のスパルタの結果として、恒常的に試験の点が取れるようになって居たことから、自然と心の片隅から、大きく大きく膨らんできた感想です。そして、そんな気持ちがどんどん大きくなってゆくと共に、私の成績は再び変化を始めました。

一年の夏から烈しく上昇していった成績は、二年では(ほゞ)毎回トップを保ち続け、其の儘安定して仕舞うかに見えたのですが、二年の三学期、学年末試験で、僅かに下降を見せたのです。其れまで、通信簿の主要な教科は殆ど5、(たま)に4なんかがつく程度でしたが、其の時の通信簿には、4と5とが半々ぐらいになっていました。原因は自明です。遊びすぎていたのです。嫌いな勉強に対して、やっても無駄であると云うような印象を持って仕舞っては、最早親のスパルタも虚しく空回りし、其れ迄に頭に叩き込んできたことが辛うじて生きていただけで、新たに単語なり公式なりを覚えようとする気力は、最早皆無に等しかった様です。然し私は、成績が落ちるなどとは夢にも思っていませんでしたので、此の成績表を開いて見た時には、少なからずショックを受けました。――些細な下降です。然し私には、大きな敗北でした。親に見せることが憚られ、其の儘破り捨てゝ仕舞おうかとも思いましたが、然しそんなことをしても直ぐに発覚するに(きま)って居るので、諦めて家に持ち帰り、此のくらいの僅かな違いには、屹度親は気づかないだろうなどと自分に云い聞かせながら、勇気を奮い立たせて、全く何気なく装いながら、其れを其の儘、親に提出しました。

「あら」

お母さんは、一言そう云って、暫く黙っていました。視線は通信簿の上に落ちた儘、止まっています。私は途端に不安になって来て、

「今回、難しかったの……」

などと云い訳をしてみましたが、お母さんは其れには答えず、通信簿を閉じて、テレビの上に置くと、むっつりと口を閉ざした儘、台所へ行って仕舞いました。なんだか突き放されたような気がして、しょんぼりしながら部屋に戻り、そして蒲団に潜り込み目を閉じてみましたが、学校で寝ているのでなかなか眠れず、私は諦めて、蒲団を撥ね除けると、鏡の前に立って薄化粧をしてから、財布だけ持って、何の挨拶もせずに其の儘外へ飛び出しました。

どこへ行くという(あて)はありませんでした。(もっと)も、いつも外出するとき、的があって出掛けることの方が少なかったのですが……

なんとなく駅へ行って、なんとなく電車に乗りました。定期があるので運賃を気にすることはないし、定期の区間外へ行くつもりもないので、自然と向かう所は、学校と家との間の、いつも遊んでいる街になって仕舞います。そして、いつも的莫く外出したときには必ず立ち寄るゲームセンターに入り、いつも其処に(たむろ)している高校生の男達にでもたかって遣る心算(つもり)だったのですが……

「あ、美羽!」

私が店の中を彷徨(うろつ)いていたら、突然名を呼ばれ、振り向くと、こずえが居ました。

「あ……」

「元気してたぁ?」

「うん……」

二年になってからも同じクラスに居るはずなのに、こずえと言葉を交わすのは、隨分久しぶりのことでした。

「どうしたんだよ、元気ないね」

「そんなことないよ!」

必死に元気を振りまきながら、私は、「なにしてたの?」などと変な質問を発しました。

「ゲームに決まってるじゃん」

こずえはケラケラ笑い、私も笑い、そうして気が付くと、こずえの横に見知らぬ男が立っていました。男は私を一瞥して、

「だれこいつ」

「あたしの友達」

「ふうん」

私はなんだか不愉快な気がして、こずえに目で訴えました。こずえは敏感に察して、

「あたし、美羽と約束あるから……また今度ね」

と云って、私の手を引き、さっさと店から出て仕舞いました。

「いいの?」

「何が?」

私はなんだか邪魔をして仕舞ったみたいで、こずえに申し訳なかったのですが、当のこずえは全く気にも留めていないようで、彼と別れて、却ってさばさばしているようにも見えました。

「彼氏なんでしょ?」

「まあね」こずえはケラケラ笑って、「寝ちゃったからねぇ」

私はぎょっとしました。未だ未だ中学二年生です。――或いは、中学生ともなれば、こんなことは当たり前なのでしょうか。少なくとも私は、厭でした。これは別段、私が奥手だからと云うような理由だけではないと思います。なんだか不潔の様な気がします。私は古いのでしょうか? 私は遅れているのでしょうか? なんと云われ様とも構わない。私は厭! 其れだけです。そうしてなんだか複雑な目でこずえを見ました。こずえは凝然と、こちらを見ていました。目と目が合い、そうして私は、涙を零して仕舞いました。こずえは何も云わず、ただ寂しく笑いました。

「やだ……」

意識せず、そんな言葉が、私の口を突いて出ました。こずえは俯き、一言、「ごめん」と云いました。

「何で謝るんだよ! ……なに謝ってんだよ! …………あたしに謝って、どうするんだよ!! 自分に謝りなよね! バカ!」

私はこずえの頬を殴ったそうです。私は取り乱していました。大切な親友を、何処の馬の骨とも知れないような男に取られて仕舞った、大切なあたしのこずえが、馬鹿な男の手で穢されて仕舞った、そんな思いが私を狂わせました。其の後のことは、よく覚えていません。こずえも其の時のことには、余り触れたくないようで、今となっては謎なのですが、其の晩私は泥だらけになって帰宅し、あちこちに擦り傷を作っていて、両親を非道く驚かせて仕舞いました。お父さんは不機嫌な顔で私を睨み付けると、寝室へ引き下がって仕舞い、お母さんは(しき)りに、どうしたの、なにがあったの、と訊くのですが、私は唯々哭いているばかりで、質問にも(ろく)に答えず、もとい、答えられなかったのかも知れませんが、兎に角其の日に何があったのか、こずえと取っ組み合いでもして仕舞ったのか、今となっては誰に訊いても判らないのです。

――ただひとつ、判然して居ることは、私の成績は其の日以来、上がったときの倍のペースで、殆ど真っ逆さまに急降下していき、入学当時の状態に逆戻りして仕舞ったということだけです。

一九九七年(平成九年)、五月、十一日、日曜日、友引。