百の八
酔っぱ版モンキーズ列伝・なめんな1号!
里蔵 光
私の勤める個別学習塾では、生徒が休んだ場合、振替の授業を行う。原則として、生徒の身勝手で休んだ場合には、振替はしなくていいのであるが、然し、生徒の状況を考えると、そんな悠長なことは云って居られないのが実情であり、寧ろ振替をしない方が珍しい。其の結果、何の講師も、毎週の如く振替授業があり、スケジュール管理に神経を使うこととなる。
此処に、モンキーズ1号なる異名をとる高一の生徒が在る。彼女は、其の学力よりというよりも、寧ろ性格一般から、そのように名付けられた。そして本人、困ったことに、サルの自覚があり、其れを苦にもしていない。――モンキーズ1号以下6号まで、悉く斯様な調子なのである。
然し彼女は、其れ等6人のメンバーの中でナンバーワンの座を有するだけあり、なかなかに傑出したキャラクターである。まさに、サル、そのものである。
先日、やむを得ぬ事情で今度の授業を休みたいと、1号から塾に電話があった。学校行事の都合なので、致し方ない。私が電話にでて、早速振替の日程を決める。
「今度の土曜日の、4時
「はーい、いいでーす」
「そうそう、其れと、次の週も祝日だから、振替えなくちゃならないんだ。此れは、来週の土曜日の、同じ時間で好いな?」
「はい」
「じゃあ、今度の月曜と、次の月曜は休みで、今度の土曜と、来週の土曜の4時
「あ、ちょっと待ってくださいー。メモしますから――はいはい、好いです、なんですか?」
「
「はいはい……」
「振替が、
「はいはい……、はい! わかりましたー」
此の後私は、1号の4時
1号は、普段から遅刻が多い。何度云っても、私に凄みが莫い為か、彼女がサルな為か、一向に改善しない。此の日も、
「またか」
室長が、笑いながら云った。私も、
「こんばんは。○○塾○○校個別の杉本ですが……」此処迄は、マニュアルの挨拶である。「今日、4時
「あら、一端学校から帰って来たんですが……塾は6時
其の間私は、懸命に記憶を辿っていた。スケジュール表を見た。6時
「其れでは、時間を間違えてるんですね……」
「えゝ、本人は、6時
「そうですか……では、お待ちしております……」
電話を切る。元々1対1の授業なので、1号が来なければ、私は暇である。雑務も大方片付けてしまっていたので、することが莫い。――無性にイライラしてきたが、取り敢えず、気持ちを落ち着かせる為、私は喫煙室に行って、セブンスターに火を点けた。
煙草1本など、直ぐに吸い尽くしてしまう。あと1時間、如何して時間を潰そうか……私は、僅かに残っていた事務を始めたが、然し、次第に頭に血が上ってきて、どうも、集中できない。如何したら、4時
軈て、事務の女性から呼ばれた。
「××さんから、お電話です」
1号だ。私は殆どキレた状態で、電話に出た。
「はい、替わりました」口調に、精神状態が如実に顕れた。本来なら、名を告げるところであるが、そんな余裕は莫かった。
「すみませんー」
「あ?」我ながら柄が悪い。
「ごめんなさいっ! 間違えてましたー!」
「あ?」
「せんせー……」
「何じゃ!」どうも私は、機嫌の迚も好いときと悪いときには、下手糞な関西弁が出てくる。
「4時
「はい!」
「ちゃんと、メモしとったよな?」
「はいっ!」
「何で間違えるんじゃ!」
「ごめんなさいー」
「ちゃんと、4時
「はいっ、ちゃんと、4時
「何で4時
「ごめんなさい」
「……まあ、まあ、ええわ、取り敢えず、『忘れてた』とか云うのんは、振替え莫しって、云うとったよな!」
「え?」
「え、や、ないっ! 今回の分は、振替え莫しじゃ! そう、云うとったろが!」
「せんせー……」
「何じゃ!」
「振替えないのー?」
「忘れたんは、どいつじゃ!」
「……あたしです」
「そやな、振替え莫しじゃ」
「せんせー」
「時間忘れて、こなんだのは、何処の何奴じゃ!」
「あ、あたしですー……」
「莫しじゃ! わかったな
「……其処を何とか……」
「莫い云うたら、莫いっ! ――あゝもう、ぶちきれそうじゃ!」
「……はーい……ごめんなさーい……」
「だいたい、何処を如何押したら、4時
「なんででしょうねー」
「あ
「あ、はいはい、ごめんなさいっ!」
「兎に角、今回の分は莫しっ! 残念でした。――来週は、絶対に忘れんなや!」
「はーい……」
「其れと、……今回潰れた分、取り返すためにも、しっかり勉強しとき!」
「はーい……」
「はい、じゃあ、さよなら!」
「さよならー」
散々怒鳴り散らして、多少、落ち着きを取り戻した。1号も可成恐縮して居たので、今後二度と、斯様な事態は莫いとは思うが、然し其処は其れ、相手はサルの中のサルだから……稍、不安では、ある……
(つゞく)
96/11/06 (水) 05:43