百の拾五
人生是麻雀 其の三
里蔵 光
対面の学生が連荘。南二局で一本場。私の配牌は以下の通りである。

第一自摸牌は緑發。無駄自摸である。しかし私はそれを止めて、一筒から切り出した。面前混一の決め打ちの心算だった。其の後の展開がすごい。自摸牌を順に書いていけばこうなる。
緑發、一萬、東、四萬、北、九索、八索、七萬
ここで私は手を止めた。一萬3枚、九萬2枚に、六萬以外の萬子の中張牌が一枚づつ揃っている。ここで切る牌は、何か。
二五萬のどちらかを切って、六九萬待ち、あるいは、九萬を切って、二五三六萬の四面待ちで、聴牌。役はいずれも面混のみの3飜。リーチで満貫。ドラは索子だったので今回は無縁である。――南2局で一本場。私は西家であり、ダントツに凹んでいる。ここを安く流す手はない。せめて清一色には持っていきたいではないか。
私は東の暗刻落としを敢行した。そして、2枚目を落とした時点で、六萬を2枚も引いてきたのである!

心臓がばくばくと鳴り出す。一生に一度しか出来ないと云われる幻の役満、「九連宝塔」が目前なのだから、無理もない。九萬が出なければ唯の面清になってしまうが、それだって充分である。私は、努めて平生を装いながら、東を横に曲げた。
「リーチ」
無表情でそう呟き、千点棒を出す。待ち牌は一四七九萬、そして一発で引いたのは、八萬。
私は思わず手牌を凝視した。あたりではないのか? しかし、どう頑張ってもこれでは上がれない。ため息を突いて其れを切った途端に、他家がばたばたと八萬を切った。場に3枚の八萬。私の手牌のと併せて、壁が出来上がっている。これでは九萬は使いようがないはず……対子になっている以外は。私は内心北叟笑み、もう九連を上がったような気で居た。
暫くは無駄自摸が続き、他家はベタおりの様相を呈していた。萬子が異様に高い。そして全く対照的に、索子と筒子が激安の状態と化している。
「こわいこわい! 萬子は切れねぇよなぁ」
上家の刈り上げが、おどけた口調でそう云いながら、赤五筒を切った。
「オンリか……」下家の青年実業家風の男がそう云って、私をぎろりと睨み、「ポンだ」
「いいのか? 逃げられねぇぞ」
私は嘲るような笑いを向けたが、彼は鼻でフンと返しただけである。
暫くして、九筒を引いた。七筒の完全な壁があり、然も対面が対子落としをしている牌である。私は全く無気力に其れを切った。
「ロン! 国士だ!!」
ぎょっとした。刈り上げが手牌を倒す。九筒待ち国士。確かに出来上がっている。一萬もちゃんとあるし、九萬も二枚持ってやがる!
「国士だよ、役満だよ、あんちゃん」
私は咄嗟に自分の手を崩し、32,000点を支払って、飛んだ。
「飛んだよ」
「なんだと?」
「当然だろ」私は箱を逆さに振ってみせた。
「貸してやるよ」
刈り上げは無感動にそう云い放ち、洗牌のスイッチを押す。
「え?」
飛び下無しだとばかり思っていた私は、かなり驚いた。冷や汗が背を伝う。
「しっかり半荘やろうぜ。ほら、配牌取れよ」
学生も、実業家も、何も云わない。――これが、賭博というものである。
(つゞく)
97/08/15 (金) 02:03