観測時の心得

星見の心得普及友の会
会員No.999

 先日のしし座流星群に際して、普段天文に一切興味のない一般の方達が、一斉に夜空に注目し、列島を挙げてのお祭り騒ぎとなった。
 随所で渋滞が起こり、猫も杓子も夜空を見挙げ、流れたの流れないのと大騒ぎ。実際には極大は昼間の内に来てしまったので、予報の2時前後にはたいして期待するほど流れなかったらしいのだが、それでも4時過ぎ、オリオン座の方向に永続痕を残す火球が飛んだという報告がある。当夜ずっと仕事で観測できなかった私は、ひどく悔しい想いをしてその報告を聞いたものである。
 普段星空と接点のない方達が、そうした天文現象に興味を持たれるのは、それはもちろん喜ぶべきことであって、交通渋滞なども、ある程度致し方無いことだろうとは思う。しかし、そんなに微笑ましいことばかりではないというのが、現状であったらしい。

 Aさんは、流星を写真に収めようと、普段から利用している誰も知らないような山の中まで遥々車を飛ばし、日没までにセッティングを済ませて、標準レンズ2本、広角レンズ1本、180°の魚眼レンズ1本の、計4台のカメラをフル稼働させて、天に向けた。日没からしばらく、幾つかの流星を捕らえることが出来、また、眼視でもいくつもの流星を確認できて、まだ極大が既に過ぎていたと云うニュースを知らないAさんは、予報の2時に大きな期待を寄せていたのだが……
 10時過ぎ。普段こんな辺鄙な場所に車など通らない。なのに、遠方からヘッドライトが近付いてくる。慌てて全天カメラのシャッターを閉じ、道の方向に向いていたカメラのシャッターも下ろして、車が過ぎるのを待った。山道をものすごいスピードで過ぎて行くその車をやり過ごしてから、Aさんはふたたびシャッターを開放する。
 天体の写真を撮るには、シャッターを長時間解放しなければならない。十秒や二十秒でもそこそこ写るが、流星を相手にするのであるから、それではまず写らないだろう。だから、数分間解放にしておく。
 それから数分して、ふたたびヘッドライトが近付いてきた。今度は3台。連れ合いであろうか。行儀良く並んでこちらに向かってくる。ふたたびシャッターを下ろして、やり過ごす。しかし今度の車は、なかなか行きすぎてくれない。待ってる間に、カメラを向けていた方向に幾つかの流星が流れる。シャッターを開いていたときには流れなかったのに……これがマーフィーの法則か、そんなことを考えながらイライラして待っているのだが、先頭の車がいよいよこの観測地に近付いてきたときに、ヘッドライトをこちらに向けたまま、しばらく停車した。眩しくて思わず顔を背けるが、ライトはAさんと4台の三脚を煌々とライトアップしたまま、動かない。はっとして、車に背を向けているカメラのシャッターを下ろした。遅かったかもしれない。そのカメラには結構明るめの流星が捕らえられていたはずだった。その時に一旦シャッターを切っておくべきだったな……そう後悔しても始まらない。
 ライトを避けて、車の中を伺う。こちらを指さしたりして、助手席の者となにやら会話しているようだ。「なにしてるんだろうね」「あの人も流星見に来たのかなぁ」「カメラなんかで写るのかなぁ」――そんな会話をしていたのだろう。
 やがて、その車をはじめとした3台は、Aさんの視線に気付いたのか、ハンドルを切ってその場を離れた。1分とそこにいなかったのかも知れない。しかしAさんには数分に感じられた。写真も一枚ダメになったかもしれない。しかし、夜はまだまだこれから、長いのだから、クヨクヨせずに気を取り直して、ふたたびカメラのシャッターを開ける。
 ところがそれからというもの、数分起きに車が通過してゆき、とても撮影どころではなくなってきた。ポイントを変えようか……しかし、こんな時間に下手に動くと、道中や行った先の観測者達に迷惑を掛けてしまいかねない。ヘッドライトはことのほか明るい。流星観測でデータを取ってる団体でもいたら、それこそ大きな迷惑を掛けてしまうだろう。そう思って移動を断念し、結局そこで続けることにした。きっと夜半過ぎには車も減るだろう。特に2時頃なんて、そうそう車が通るはずもない……普段から全然車の来ないポイントなのだから。
 しかしそれは甘かった。夜が更け行くと共に車の台数は増してゆき、夜半過ぎには、そこいら一帯には3〜4台の車が停車するほどにまでなった。Aさんがそこにいたから、カメラを構えていたから、人が集まってきたのだろう。Aさん以外は全員、天文の初心者、もとい、しし座前後だけ彗星のように現れて消えてゆく、にわか天文ファンであるらしかった。
 Aさんは、写真を断念せざるを得なかった。33年に一回しか来ない大流星雨。ずっと昔から愉しみにしていたのに、絶対に写真を撮ると、1年も前から張り切っていたのに、まさかこんな形でその夢がついえるとは……
 天文家必須の赤いセロハンを貼った懐中電灯、それを使用しているのはAさんだけである。周りのやじ馬たちは、煌々と明るい白光を縦横無尽に振り回し、天に向けてレーザーポインターを気取ってみたり、Aさんの近くまで来て機材を丹念に白光の元に曝け出したりしている。寒いと云って車へ引き返す者がいれば、ルームランプが四方八方にその明りを放出するし、中にはヘッドライトを点けたまま暖気運転している車もあるし、とても観測どころではない。
 「あんた、なんで、赤い懐中電灯なんか点けてるのさ」
 笑いながらそう云ってくる者もある。2時が近付くに連れ、Aさんお気に入りの観測場所は、どんどん見知らぬ者の手によって蹂躙されてゆく。憤りを通り越して虚しささえ覚えたAさんは、彼等のフィールドと化したその地を離れることにした。観測地のアテは他にもある。機材を大急ぎで車に積み、ヘッドライトをつけて、急発進した。
 時既に12時半。極大に間に合うだろうか。不安な気分で車を第二候補の地まで走らせるが……
 近くまで行き、先客が居ると悪いから、そろそろライトをスモールにして徐行しようかと思ったとき、目的の観測地で白い光が幾筋も踊っているのが見えた。我が目を疑いつつ、取り敢えずそこまで行ってみると、さっきの場所よりもひどいありさまである。人数も、2〜3倍はいるだろうか。そんな中で渋面をしているのは、なじみの天文ファンか。
 ――ここもダメか。小さなタメイキを一つついて、Uターンして引き返す。
 その後幾つかの候補地を回ってみたが、やはり同じような状況であり、中には新装開店のコンビニが出来てしまい、もはや候補の中から外さねばならなくなってしまったようなところもある。結局極大時の2時、Aさんは郊外の自宅まで帰ってきた。ベランダに出て夜空を見挙げてみると、流星がすっと流れた。遠出するより、ここで見ていた方が好いのかも知れない、なんて皮肉なことを思いながら、しばらくそこで夜空を見挙げてみる。小さなアパートで、隣室が空室の端っこの部屋だから、誰にも邪魔されずに見ることが出来る。Aさんは思い立って、アパートの前の車道に機材を運び出した。幾枚か好い写真が取れたように思う。撮影していると、近所の顔なじみの人が何人か出てきた。
 「流星ですか。私もテレビで見て、愉しみにしてたんですよ。写真に写りますか?」
 顔なじみのBさんが白い懐中電灯を照らしながらそう訊くので、Aさんはちょっと眉をひそめて、
 「あの、白い光は、眩しいし、写真に良くないので、やめてください。私の懐中電灯を使って頂けると有難いのですが」と云って、赤いセロハンを貼った懐中伝統を手渡し、「写真は幾つか取れたと思います。現像してみないとわかんないですけどね」と云ってシャッターを開ける。
 「あぁ、これはすみませんでした」
 Bさんは素直に白光を消し、赤光に切り替えた。
 「ずっと空見てますとね、瞳孔が開いて、暗さに慣れてくるんですよ。そうすると、暗い星までよく見えるようになる。もちろん暗い流星まで眼視できるようになるわけです。だから、観測中には絶対に白光は点けないんですよ、ほとんどの天文家は。機材をセットするなど、どうしても必要なときにだけ、赤い明りを点けます。白黒フィルムなら、赤くて弱い明りには感光しませんし、暗さに慣れた目にも、優しいですしね。光量を調節できるタイプのマグライトなど、弱い白光を使う人もいますけど」
 「なるほど、そうでしたか。知りませんでした」
 Bさんは微笑んで、赤い光も消した。

 今回のしし座騒動は、マスコミによるところが大きいだろう。連日連夜しし座群の話題で番組を持たせ、それゆえ日本中でしし座群を知らない人は居ないのではないかというようなところまで、一般に浸透した。そのような特性を利用して、もっと一般人に「心得」を啓蒙してほしかった。白い光がご法度である理由は、Aさんの台詞の通りである。我々天文家も、観測地に訪れる何も知らない一般人にそうした心得を知らせる義務を有するだろうが、今回のように白光が大挙してきたのでは、啓蒙よりも逃亡を選択してしまうであろう。マスコミが連日連夜「赤い懐中電灯を使うように。白い光は観測者達に迷惑を掛ける」と報道してくれたなら、我々は一般の方々ともっと愉しくしし座群を共有することが出来たであろう。
 今回のことは、日本の家庭に外人が大挙して土足でどかどか上がり込んできたようなものである。前もって彼等が心得を知っておけば、そんなことにはならないのである。しし座群を一般に知らしめたマスコミの義務として、観測心得についても同様に一般に知らしめるべきだったのではないだろうか。我々天文ファンは、その点が、実に残念でならない。今後もしこのような大きな天文イベントがある場合、マスコミの方は元より、我々天文ファンたちも、にわかに天文に興味を持った一般の方々にそうした心得を浸透させるべく、事前からしっかり啓蒙活動をするべきであろうと思われる。

 今回、私の独断でもっていきなり発足させた会がある。名付けて「星見の心得普及友の会」。この会への入会は任意であり、制限もなにもない。会員になろうと思ったらその日から会員を名告ればよくて、誰かに断る必要性もないし、会員番号も好き勝手に宣言して構わない。但し、番号が他のだれかとバッティングした場合、当事者同士で話し合っていただきたい。私は会長でもなんでもないし、この会に会長はない。私はただの「会員ナンバー999」である(笑)  ただ、HPをおもちの方には、このページ及びトップページの頭にちょこんとくっついているバナーを、HPに飾っておいてもらいたい。いや別に、強制はしないけれども。会のページだって作っていないし(笑)  イメージの貼り方が解らないとか云う人は、別に無理して貼ることもないし、知りたかったらこのページのソースを見ればいいだけのことだし、画像は好き勝手に持ってってくれて構わないし、「星見の心得普及友の会」の文字さえ入ってれば、自作でも編集でもなんでもしてくれて構わない。すこぶる好い加減な会である。


ただし!

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