生 命 の 元 素
 これって、唯物? (;_;) 

99/8/16


ねぇ、それって、なんのため?

 人間って、ある行動を取るときに、どういう目的を持って行動するんだろうね。

 例えば、捨て猫を拾うとき。
 その人は「なんのために」猫を拾うんだろう。放っておいたら、保健所に保護されて殺されてしまうから? 野犬に襲われたら可愛そうだから? 捨てた奴に腹を立てているから? 猫が好きだから? ――まあ、いろいろな理由を考えられるんだろうけど……
 保健所や野犬に殺されてしまうと思うと、可愛そうで堪らない。小さな命を守ってやりたい。拾わないときっと後悔する。――つまり、拾うことによって自分が安心できる。自分が余計な罪悪感を抱かないで済む。安心したい。満足したい……
 小さな命を粗末にする奴が許せない。自分だったら、きっと、大切にできる。それを示してやりたい。みんなもきっと褒めてくれる。たとえ誰にも褒めてもらわなくっても、少なくとも自分の怒りは治まる。正義感を充足させたい。満足したい……
 猫が好きだから、常々猫を飼いたいと思っていた。ここで捨て猫を拾えば、その望みは叶えられる。欲求を満たしたい。満足したい……
 結局のところ「自分が納得し、かつ、満足するために、猫を拾う」んじゃないかな。つまり、「自己満足のため」に。

 例えば、喧嘩の仲裁をするとき。
 その人は「なんのために」わざわざ自分とは無関係の喧嘩に首を突っ込んで、散々酷い目に遭いながらも仲裁をしようと頑張るんだろう。他人が争うのを見ているのが嫌いだから? みんなには、いつでも仲よくしていてもらいたいから? 意中の人が自分を見ているから? 喧嘩をしているのが自分の好きな人だから? 単に世話好きなだけ?
 他人が争うのは嫌い、いつでも仲よくしていて欲しいというのは、その人の個人的な願望なんだよね。その願いを成就させるために、巻き込まれる危険を冒しながらも、仲裁に入るんだ。そうすれば、自分の願望は叶えられる。欲求は満たされる。
 好きな人が見ている。好い格好したい。惚れられたい。だから思わず張り切っちゃう。呼ばれてもいないのに横から口出して、喧嘩はよくないよ、仲よくしようよと。そうすれば、あの子はきっと、僕を認めてくれる。見ててね。よく見ててね。ほら、僕って格好いいだろう? ――意中の人の前で好い格好をしたいという欲望。それはつまり、意中の人に注目されたいという欲望。それが満たされる。
 大好きなあの人が喧嘩している。いやだ、喧嘩なんかして欲しくない。あの人にだけは、そんな野蛮なことはして欲しくない。お願い、お願い、私、怒っているあなたを見ていたくなんかないの。いつも笑ってて欲しいの。だから、喧嘩しないで。喧嘩を止めなくちゃ。辞めさせなくちゃ。――喧嘩して欲しくないと云う、己の願望。それが満たされるなら。
 世話好きということは、世話を焼きたいという欲求を、常に持っている。別に結果がどうなろうと知ったことではない。ただ、ただ、誰かの役に立ちたい。世話を焼きたい。あぁ、みんなはあの二人の喧嘩に顰蹙しているんだ。だったらこの場合、喧嘩を止めるのが一番効果的なんだな。みんなの役に立とう。なぜなら――それが自分の欲求に他ならないのだから。誰かの役に立ちたいという欲望、それを満たすために。
 これもやっぱり「自分の願望や欲求を、叶え、満たすために、仲裁をする」んだな。つまりこれも「自己満足」のため。

 例えばかり並べてたってしょうがない。この二つで充分でしょ。人間は、最も根本的な部分を暴露するなら、みんな「自分のため」に行動をしているんだ。誰のためでも何のためでもない。それは常に「自身のため」に他ならない。
 でも、人は云うんだよね。

 「自分のためじゃないよ、だって、猫ちゃんが可愛そう。猫ちゃんのために……」
 「自分のためにこんな苦労するもんか。自分が可愛ければ放っとくよ。だけど、喧嘩を見てみぬ振りするなんて、クズじゃないか。少なくとも俺は、そんな弱虫にはなりたくないね。二人のためにもさ、くだらない喧嘩は止めさせなくちゃ」

 でも、やっぱりそれってさ、

 「可愛そうだから拾うってのは、つまり、そのまま通りすぎてしまったら自分が罪悪感に苦しめられてしまうからで、それが嫌だから、それを回避するために、拾うんでしょう。自分のためじゃん」
 「見てみぬ振りをしてしまうとクズなんでしょう? そんな弱虫になりたくないって、正直に云ってるじゃん。それなんだよ、それが、君が喧嘩を止める本当の理由。やっぱり自分のためだね。自分の、世間的評価のためかな?」

 って、突っ込めちゃうんだよね。すごく残酷だけどね。
 だいたい、逆に「他人の欲求を満たすため」の行動って、どうしたって想定出来ないもん。自己の欲求に忠実に従うことは出来ても、他人の欲求のまゝに行動するやつがいたら……そいつは「ロボット」かもね。「手伝う」とか「叶えてやる」ってのは、云っておくけど、自己の欲求に従った行動だからね。他人が「ああ、煙草が吸いたい」と思ったとして、それが原因で煙草を「吸い始める」人って、いないよね? 「煙草吸いたい」に答える形で、煙草を手渡すとか、火をつけてあげるとか。そう云うのは前掲の「他人の役に立ちたい」という自己満足だよ。あるいは、自分が煙草を吸うならそれは「自分が吸いたいから」だよね。他人が吸いたいからって自分が吸うなんて馬鹿なことはない。当たり前だね。
 まあ、普段の行動において、こんなこといちいち自覚してたって、しょうがないかもしれない。それに、大義名分だって、何気に必要だからね。……だけどさ、自省してみようよ。やっぱりすべては自分のためなんだって、一回そこに気が付くと、今よりもっと謙虚で思いやりのある好い人になれるかもよ。みんなから好かれるかもよ。――って、これじゃあんまり、打算的だねぇ (゜▽゜)ケケケ


自分のために生きてるのに……

 まあ、人間の行動原理が、すべて「自分のため」と云う一つの目的に集約されてしまうって云うのは、認めてもらわなくちゃあ困る。先に進めなくなっちまう。しょせん「下手の考え」なんだしさ、ここはまぁ、大目に見てもらってだ。「そう云われるとそうかもねぇ」ぐらいに仮定してもらって、考えを進めさせて戴きましょう。
 さて、自分のために生きている人間……まあ、ちょっと考えればわかるけど、人間に限らず生き物は、すべて「自分のため」に生きているし、自分のために「のみ」生きているんだよね。人間なんかより、獣の方がそう云うところは判りやすいし、素直でもあるよね。どんな動物も、植物も、細菌に至るまで、己の生を継続してゆくために、呼吸し、捕食し、養分を取り、行動し……まあ、いつかは死ぬわけだ。

 そうなんだよ、死ぬんだよ。殺されるのではなくて。生命には「寿命」というものがある。いつかは必ず死ぬ。いつか死ぬのに、必死に生きてる。なんだか、生命って、わけ解んないような気がしてこない?
 寿命――老衰と云うのは、人間の場合で云うなら、これは20才前後から確実に発動する、予め遺伝子に組み込まれた自爆装置なんだよね。
 人間には「免疫システム」ってのがある。まぁ、詳細は省くとして、その免疫システムで一番重要な働きをしているのが、「ヘルパーT細胞」ってやつ。こいつが首領で、配下の細胞達に様々司令を出す。風邪のウイルスやっつけろとか、そう云う司令。で、もしもこのヘルパーT細胞が司令を間違えたらどうなるか。――つまり、自分の身体を構成している細胞に対しての、例えば胃だとか、腸だとか、神経だとか、骨だとかに対しての攻撃命令を出してしまったなら、免疫システムは「正常な細胞」を次々と破壊していってしまうだろう。これがまあ「老衰」なんだけど。
 なんでそんなことになるのかと云うと、胸腺という器官が関係してくる。ヘルパーT細胞は、正常な細胞と異常な細胞の判断基準を、この胸腺という器官の中で「教育」されるのだ。教育しても役に立たないような出来損ないは、胸腺の中で殺されてしまう。完全に分別のついたヘルパーT細胞だけを、胸腺は身体に送り出すんだけど……この胸腺の寿命が短い。一番元気なのはたしか10歳ぐらいで、その後はどんどん「脂肪」に侵されていき、いずれまともに機能しなくなって、身体の中には「分別のつかないヘルパーT細胞」が溢れ出してしまう。こいつが出鱈目な司令を出すもんだから、身体はどんどん蝕まれてゆく。
 これは病気でも何でもない。遺伝子にしっかり記述されているシナリオであり、こうして「死んでゆく」のが正常なのだ。――だけど、そしたら人って何のために生きているんだろう。人に限らずどんな動物も、なんのために存在するんだろう。
 象は、自分の死期を悟ると、象の墓場と呼ばれる群れから遠く離れたところへ行って、そこで静かに死ぬという。象だって、元気なときには、自分を生かすために、自分のために行動してきたはずなのに。
 子を為すために生きているという意見もある。だったら子を為したらとっとと死ねばいいじゃないか。昆虫のように。なぜ哺乳動物は生き続ける。生殖機能が衰えてからも、長い事生き続ける理由が、説明できない。

 ――でもまあ「子を為すため」ってのは、個人的には、いいとこ突いてると思う。そのあと生き続けるのは、惰性でしょ。人間は特に、生への執着が強いからね。それも関係しているでしょう。


乗り物ですかぁ〜?

 そもそも、生物は、一番最初は「寿命」なんか持っていなかった。杉の木とかだって何千年も生きていたりするし、バクテリアの中には、本当に「殺さない限り永遠に生き続けている」ものもあるらしい。これが原始の姿なんだそうだ。――つまり、寿命は「進化」の結果だということになる。
 死ぬのが進化か?
 進化なんだな。
 遺伝子って云ったよね、さっき。老衰は、遺伝子に組み込まれたシナリオだって。この遺伝子がね…… (゜▽゜)ケケケ
 おっと、下卑た笑いをしているバヤイではなくてだ。
 既にこういう学説がある。「生物は皆、DNA(デオキシリボ核酸。いわゆる遺伝子)の乗物にすぎない」と云う物。要するに生物ってのは、DNAが存続し続けるための「箱」であると。これを考慮すると、なんだか一つの謎が解けるような気がする。
 DNAにしてみれば、個が長生きする必要なんか全くないんだな。自分の複製を多く作って、生殖行為によって次代に存在を繋げることが出来るのであるなら、それでOKなわけだ。太古のバクテリアなどが死なないのは、死ぬ必要がないからで、なんでかって云うと、個体数の膨大さで以て絶滅を阻止することが出来るから。細胞分裂によって簡単に己の完全なる複製(いわゆるクローンみたいなもんだ)を作り出せるわけだから、それで個体数を多く確保しておけば、大抵のことでは絶滅したりしない。
 でも、生物は多細胞生物へと進化してゆき、動物という進化を遂げた者達は、広大な行動範囲と自由度を確保したと同時に、並々ならぬ危険性と直面せざるを得なかった。それは即ち天敵の存在。天敵とて一個の生物であり、生きるために弱き生物を捕食するのだけど、彼等にも天敵はある。ピラミッドの頂点に君臨する生物とて、その運動性能から、事故や共食いなどの危険性から逃れることは出来ない。――この辺突っ込むと話が長くなるから適当に切り上げるけど、要するに動物にとって「永遠の生命」ってのは現実的ではなくなってしまった。だから、DNAは「永遠の生命」という手段を放棄して、個体の死をプログラミングし、そして自己の複製を新たなる個体へと受け継がせる策に出たのだ。
 有性生殖は最も進んだ進化の結果であり、雄という役割を作ることによって、無性生殖(雌雄同体を含む)では叶わない「妊娠時に外敵から身を守る」とか、「食糧を確保する」とか、「両親が側にいることによって、少ない個を大切に育てる」とか、そう云うシステムを獲得したのだ。


でも……複製なんだよねぇ……しかも……

 有性生殖の最大のメリットは、実は、「遺伝情報を掛け合わせることにより、より優れた個体への変化を促す」と云うのがある。昆虫だって有性だけど、前段で挙げたようなことは一つも当て嵌まらないよね。でも、有性本来の役割は、好いとこ取りをしてより環境に強い個体を作ることだから、昆虫のそれだって無性生殖よりは優れているのだ。アメーバとかの細胞分裂は、飽く迄「自己のコピーを作る」ってことだから、突然変異も起きにくい。大量にコピーを生成しなければ、なかなか進化の要(かなめ)となる突然変異は起きてくれないのだ。――まあ、アメーバは単細胞だから、それでも好いかもしれない。大量に作れるから。だけど多細胞生物、魚類以上とか、昆虫とかになると、自己の複製ったってそうそう大量には作れない。一度に何億って卵を産む魚とかもいるけど、それでもアメーバには多分敵わないんじゃないかな。それに、そう云う魚の場合、一億の内のほとんどは、成魚になるまでに他の生物に捕食されてしまうから、実はとっても効率が悪いのだ。
 さて、突然変異による進化ってのは、環境に適合するための、つまりは生き延びるため、絶滅しないための策なんだけど、でも、変化するってことは、DNAの完全な複製は作れないってことになる。掛け合わせることにより、元の情報は半分しか保存されないわけだし、何世代も経た後には、元々の情報なんかほとんど残っていないなんてことにもなるかもしれない。――じゃあなぜ、DNAはこの道を選んだのか。己が希薄になってまで存在し続ける意義などあるのだろうか。
 なんか、しっくりこなくない?


DNA、おまえもか。

 更に考えを進めてみる。
 生物とDNAの関係を、もう一度繰り返し当て嵌めてみる。
 DNAも何かの乗り物なのではないのか――と。
 何がDNAに乗っているのか。塩基? ――いや、それもあるかもしれないけど、4つのA、T、G、Cと云う塩基が主役だと考えるのも、なんだかどうも……
 僕は思うのだ。
 情報。
 DNAが乗せているのは情報である。
 情報が、実は生物の元素なのではないのだろうか。
 情報の自己保存能力が、DNAを操り、DNAを介して生物全てを操っているのではないのか。
 情報とはなんだ?
 僕はDNAマトリクスの研究をしているわけではないから、それが具体的にどのような情報なのかは知りようもない。全ての生物に共通の情報がDNAの中にあるとすれば、それが黒幕だろう。そいつが永遠に存在し続けるために、我々は生かされ、そして殺されていくのではなかろうか。
 生命起源説で、今一番尤(もっと)もらしい仮説は、彗星起源説という奴だ。バクテリアかなんかが付着した彗星が地球に衝突して、そして生命がこの地球上にもたらされたと。(もしかしたら火星で発見されたカビのようなモノかもしれない。地球に衝突したなら、火星に衝突してても不思議はない)
 この彗星がどこから来たものなのか……まあ、普通の彗星なら太陽系の外側を大きく取り巻く「オールトの雲」から来たんだろうけど、じゃあ付着していたバクテリアは一体どこから……そもそも「彗星起源」自体が仮説なのだから、そんなことは判りっこないとも思うのだが(笑) とにかくどこかから来たことは間違いなさそうなのだ。これってよく考えると「起源」の説明にはなっていない(「地球の生命」の起源なら説明し得ている)んだけど、まあ、魅力的な説ではあるよね。地球は太陽系の中心ではなかったし、太陽系も銀河系の中心ではない。銀河系も超銀河団の中心ではなく――そもそも宇宙には中心がない。こうして我々は「特別な地位」を何ステップにも亙(わた)って剥奪されてきたわけだけれども、彗星起源説でまた「生命誕生の地」と云う特別な腕章を剥奪されるのなら、これらの流れに沿った最も妥当な結論でしょう。
 生命はどこから来たのか。それは解らないけれど、地球に到達する以前に、どこかでしっかり繁殖していた(もしくは繁殖している)だろうと云う想像は、不自然ではない。そこから「バクテリア」という最も原始的な形で他の地に移り住むのは、実は最も確実で、到着した先の環境に合わせて進化することが出来るのだ。
 DNAが己の複製を運びたいなら、もっと高度な個体を運んでもおかしくはない。でもそれだと、確実性は低くなる。不確実でも多くのサンプルを送ってDNAはなんとか複製を蔓延(はびこ)らせたいと思うだろう。でもそれは「情報」にしてみればNGだ。そんなやり方よりも、最も原始的な個体を送った方が、確実にそこに根づくことが出来る。姿形は全く違う者になったとしても「情報」が保存されるなら、それでよい。

 それにしても、情報は、一体全体どこから来たんでしょうねぇ (゜▽゜)ケケケ



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