芸術の評し方
 ウンコちゃん? (^◇^;) 

00/1/28


近況

 先日、今更の如く、松本人志著「遺書」を読んだ。なぜ今ごろそんなモノを読んでいるのかと問われるかも知れぬが、その本を人に借りたのがつい最近なのだから仕様がない。
 また、先日「ビートルズは嫌いだ」と公言して憚らない若者を見た。異常なほどに毛嫌いしていた。その様に私は、なんだか不可解な(不愉快ではない)思いをしたものである。

 まったく無関係の如く見える、この二つの体験なのだが、実は極部分的にであるが、それも、えらく間接的にではあるのだが、一本の筋の上に前後して乗っかってしまったのである。
 私はこの数日来、後者の若者の言葉の意味を、ずっと考えていたのである。そしてその解決は、えらく馬鹿々々しいものであったのだが、それに関して熟々(つらつら)と思いを馳せている内に、ふと、松本人志のある主張を思い出してしまったのである。

 順を追って、話そう。


ビートルズ嫌い

 先ず「ビートルズが嫌いだ」と云う言葉は、殊の外不可解である。なぜなら、The BEATLES の音楽と云うものは、譬えるなら太宰やピカソの如く、決して「一辺倒ではない」からである。太宰文学のスタイルが驚くほど多岐に亙(わた)っているが如く、ピカソの青の時代、薔薇色の時代、キュビズムの時代の各作品が、それぞれまったく違った顔の作品として成り立っているが如く、The BEATLES の創ってきた音楽は、まったくバラバラの色を持っているのだ。Love Me Do、Hey! Jude、Ob-La-Di, Ob-La-Da、The Long And Winding Road、I Am The Warlus など、こうして数作品並べてみただけでも、それぞれに全く違った色を持っている。Love Me Do と I Am The Warlus など、予備知識無しに聴き較べた場合、それらが同一のバンドが作った曲だとは、到底思えない程である。
 即ち、「ビートルズが嫌い」と云う言葉は、The BEATLES を一から十まで熟知した上で、それら全てを嫌わない限り、決して口に出来ない(しては不可(いけな)い)言葉なのである。
 私の持った違和感は、上の如き理由より生じたものであると云うことは、少し考えて直ぐに判った。そして、かの台詞を放った若者は、思うに、The BEATLES を熟知していない。
 では、「ビートルズ "も" 嫌いだ」と読み換えてみては如何だろう。――否、それは不適当なのだ。それが出来たなら、ハナから違和感など抱かなかったはずである。
 「ビートルズも嫌い」と云うことは、洋楽が嫌いだとか、音楽そのものが嫌いだとか、そうしたことなのだが、彼は The BEATLES でない洋楽の曲は、嫌いではないのである。即ち、辿り着く結論は、The BEATLES と云う "名前" が、The BEATLES と云う "バンド自体" が、嫌いなのだと云うことになる。確かに、彼は「ビートルズの音楽が嫌い」とは云っていないのである。
 ここで、可能性は幾つかに分岐する。The BEATLES に何等かのトラウマがあるか、あるいは単に "今流行っていないもの" を嫌いと云っているだけか、はたまた The BEATLES を知らぬが故の食わず嫌いか。
 トラウマの線は、ありそうなことかも知れないが、彼に関してはこれは無いだろうと思う。なぜなら彼は、「ビートルズは嫌いだ――ビートルズは――ビートルズは」と、幾度となくその名を口にしているからだ。何等かの嫌な記憶を掘り起こさせるから、The BEATLES を嫌うのであるなら、その名を聞くことさえ厭うであろうし、まして、自ら連呼などするわけがないと思う。私は聞いていて、随分とまたご執心なのだな、実はファンなんじゃないか知ら、とさえ思った程なのである。
 "流行りものしか聴かない" と云うのは、そもそも音楽を評する耳を持たぬ者にありがちなことである。彼等には流行だけが全てであり、オリコンチャートのみを気にして、その上位に入るものだけを聴く。佳いか悪いかは全く他人任せで、ただ、他人が佳いと云ったものだけを聴く。権威が認めたものだけを聴く。アーティストにとっては、まさに糞みたいな存在の者達である。尤も、そうした人々を巧みに利用して作品を売る、商人気質のアーティストも中にはいるのだが、そうして客に媚びだした途端に、決まって作品の質は落ちてゆく。これは、どの芸術分野に於ても云えることである。生活の術には長けているが、それだけなのである。
 また、彼が The BEATLES に関して無知だと云うのも、当たっているだろう。巷でさりげなく流れている The BEATLES の無名なナンバーを、それと知らずに気に入って聴くことさえあるかも知れない。まあ、それはそれで、そっとしておいてやれば好いだろう。きっと The BEATLES の曲だと知った途端に、「嫌い」になるのだろうから(笑)
 彼が嫌いなのは「The BEATLES」ではないのだ。「ビートルズ」と云う名が彼に与える、古くて黴臭い、石器時代の文明か何かのような音楽と云うイメージ(もちろん、このイメージは見当外れである)が、彼の「若者としてのくだらないプライド」と合致しないと云う、たゞそれだけのことなのだ。もちろん「くだらないプライド」は、それはそれで価値のあるものだし、時に有機的に機能するから、大事にしておいてもらいたいものである。

 さて、話が纏まって仕舞ったようなのだが、未だに冒頭に挙げた「遺書」のことが出てこない。何処が如何繋がるのかと、苛ついている読者もいるだろうから、そろそろ話を先に進めておこう。そう、私の下手な考えは、更に先へと突き進むのだ。


作品と作者

 先にちょっと触れたが、世の中には作品を "他人の評価" や "作者" で決めるうつけ者がいる。松本人志風に云うならば「ウンコちゃん」である。
 芸術とは "作品" に対してする評価であり、本来作者の属性や評論家などの言説によって左右されるものではあり得ない。作者の素顔や素行、時代背景や境遇などと云ったデータは、全く要らない。たゞ作品一つで勝負するものである。世間がどう評価しようとも、私はハムレットをそれほどの作品とは思わないし、また、太宰をさんざ扱き下ろす人々の中で、人間失格の計算され尽くした筆致を褒め称える。作品の佳し悪しは、飽く迄鑑賞者個人の中にしかなく、それが作者の意図と全く異なった評価であったとしても、間違いではない。私がハムレットを「甘甘のハッピーエンドであって、悲劇ではない」と云っても、それが私と云う読者にとっての事実である以上、何人(なんぴと)たりと、仮令作者の沙翁自身であったとしても、異論は許されても否定は許されないのだ。芸術とは斯様に、捕え処莫(な)き浮き草が如き者であり、定評などというものは原理的にあり得ないのである。
 ところで松本人志は、その著書「遺書」の中で、こう書いている。

 (略)
 と云って、かつてクスリで捕まった人たちを悪く言う気はべつにない。人に迷惑をかけないかぎり、自分でいいと思ってやっているのだからほっといてやったらいい。ただ、その人たちが残した記録、作品、すべてをオレは認めない。たとえその時期クスリをやっていなかったといっても認めない(オレはね)。
 ふだん言いたくても言えないことを、酒の力を借りて言う気の弱いおっさんと同じである。そんなおっさんの言葉を認めろというほうがおかしい。
 (略)

(p.152 より引用)

 気持ちは判らないでもないが、これは、芸術に対する誤った姿勢であると思う。――尤も、松本人志がどこまで本気でこの発言をしたのかは、不明である。もしかしたら、酒、クスリを否定する上での "言葉のあや" つまり、ある種の計算がそこにあったのかも知れないのだが……
 それはともかく、先にも述べた通り、作品は作品一つで勝負するものであり、その作者が誰だとか、どんな奴だとか、どうやって作ったかとか、全く無関係の要素である。「詠み人知らず」として知れ渡っている歌や、作者不詳の数々の絵画や彫刻など、最も純粋にその価値を評価され得る、世界一幸せな芸術作品であろう。作者がどこの国の人だろうと、たとえ犯罪者だろうと、ジャンキーだろうと、評価は作品についてくるものであるのだから、全くどうでも好いことなのである。むしろそうしたことは、知るべきことではないのだ。つまり、仮令酒に酔っていようが、クスリで飛んでいようが、創り出された作品が光っているのなら、それは素直に芸術として評価すべきなのである。それが、鑑賞者としての、作品に対する礼儀と云うものである。作者に礼を尽くす必要は無いが、作品に対してはしっかり礼を尽くさなければ、その「作品に対して」失礼であろう。
 犯罪や麻薬は憎んでも、作品まで一緒くたにしてしまっては不可(いけな)い。それは、親がクズ人間だからと云って、その子供までをも迫害するのと同じである。子供はクズとは限らない。子供に非は無いのだ。同様に、作品に非は無いのである。
 芸術作品は、社会的秩序とは切り放された世界の産物である。そこには善も悪も無い。たゞ、佳作か駄作かの差異があるのみである。この「善し悪し」と「佳し駄し」とをごっちゃにしてしまうと、将来の「芸術を欲する人々」の選択の幅を狭めてしまうことになる。そうなると、その人と出逢えなくなって仕舞った作品も可哀想だし、その作品と出逢うことの出来なくなってしまった人も、とても気の毒である。
 是非とも、妙な先入観や固定観念に惑わされることなく、現在、未来の人々のためにも、出来るだけ多くの素晴らしい芸術を遺しておいてもらいたいものである。


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